岸見一郎さん、古賀史健さんによる「嫌われる勇気」は哲人と青年の対話形式で、かつ易しい言葉でアドラーの個人心理学について解説した本です。
読みやすくてすぐに読了しましたが、書かれている内容は結構、衝撃的で、一見すると世の中で一般的に受け入れられている常識とは違った考え方が次々と提示されます。
中にはそのまま受け入れがたいような箇所も散見されました。僕がちょっと違和感を感じたのは例えばこんなあたり。
- 子育てにおける躾:「叱ることも褒めることも背後にある目的は操作であり、するべきではない」
→特に子供が小さいうちは善悪の価値基準を教えるために叱る、褒めるといった縦の関係も必要ではないか。 - ビジネス上のお客様との関係:「他者の期待など、満たす必要はない」、「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのが他者だった場合、そうした課題には踏み込まない」とは言っていられない。
- 心に大きな傷を負っているケース:大災害に見舞われたり幼少期に親から虐待を受けたりした人に対して「トラウマは自分が作り出したもの」で「あなたの不幸はあなた自身が選んだもの」という説明は不十分では。
こうした疑問点は幾つかあったものの、本書の全体を通して伝わってくるメッセージは本質的に共感するところがたくさんありました。
幸せになる勇気
アドラーは、いま幸せを感じることができないのは、環境や過去のせいではなく、自分の心の持ちようが原因だと説きます。
p.29 いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。(中略)自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである。(中略)人生とは誰かに与えられるものではなく、自ら選択するものであり、自分がどう生きるかを選ぶのは自分なのです。
p.52 人は、いろいろと不満はあったとしても、「このままのわたし」でいることのほうが楽であり、安心なのです。(中略)あなたが不幸なのは、過去や環境のせいではありません。ましてや能力が足りないのでもない。あなたには、ただ”勇気”が足りない。いうなれば「幸せになる勇気」が足りていないのです。
人は今いる場所が必ずしも幸せではなかったとしても、自らが変わるのが怖いから、今のままでいる方が楽だから、無意識のうちに「できない理由」や「自分に都合の良い解釈」を考えて自らを正当化することで変わることを拒む性質があるとアドラーは言います。
居心地のよい場所から一歩を踏み出す勇気があれば世界の見え方は変わってくると。これは、繰り返し僕が自分に言い聞かせている、putting yourself out of comfort zoneという考え方や、Be the change you want to createという考え方にも通ずるメッセージです。
この考えの根底にある「自分がどう生きるかを選ぶのは自分」という考え方は、1902年にジェームズ・アレンが出版した「原因と結果の法則」では以下のような表現で示されています。(アドラーがフロイトの研究グループに参加したのが1902年)
「あなたは あなたがなろうとする人間になる
卑しい心は 失敗の原因を見つけるべく 環境に目をやるかもしれない
しかし 気高い心はそれをたしなめ つねに自由である」
嫌われる勇気
そこでポイントとなるのが、それではどうすれば「幸せになる勇気」を手に入れられるか、ということ。幾つかの論点が述べられていますが、中でも重要なのがタイトルにもなっている「嫌われる勇気」という発想です。
p.159 他者の期待を満たすように生きること、そして自分の人生を他人任せにすること。これは、自分に嘘をつき、周囲の人々に対しても嘘をつき続ける生き方なのです。
p.164 「嫌われたくない」と願うのはわたしの課題かもしれませんが、「わたしのことを嫌うかどうか」は他者の課題です。わたしをよく思わない人がいたとしても、そこに介入することはできません。(中略)幸せになる勇気には、「嫌われる勇気」も含まれます。その勇気を持ちえたとき、あなたの対人関係は一気に軽いものへと変わるでしょう。
- 他人から嫌われたくないと思うあまりに、相手の顔色を窺がっているばかりでは自由に自分の人生を歩むことはできない。
- そもそも、他人が自分のことをどう思うかということは自分では決してコントロールできるものではない。
- また、自分が思っているほど他人は自分のことを気にしているものではない。
といった趣旨の論理が展開されます。
かのスティーブ・ジョブズに言わせると、このフレーズがまさに「嫌われる勇気」の本質について触れていると思います。
Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
進んで他人から嫌われる必要はありませんが、誰からも好かれるといのも現実的ではありません。こうした心もちでいると気が楽になるのは事実。
また、嫌われるというのは極端ですが、そこまででなくても他人の評価尺度に合わせて評価してもらいたい、褒めてもらいたいという気持ちを捨てることは大切だと思っています。
「嫌われる勇気」とは、言い換えれば「パンツを脱ぐ勇気」ともいえるでしょう。
自分の人生、どう生きるかは自分で決めたいし、人が何といおうとどう感じようと自分が幸せかどうかは自分が決めること。「自分の人生のハンドルは自分で握る」という心構えは幸せになる第一歩だと思います。
主観的に「誰かの役に立っている」と思えること
さらに、アドラーは「幸せになる勇気」を得るために最も大切なことは、他人から評価されることではなく、自らが「誰かの役に立っている」という実感を持つことだと説きます。
p.204 仕事を手伝ってくれたパートナーに「ありがとう」と感謝の言葉を伝える。あるいは「うれしい」と素直な喜びを伝える。「助かったよ」とお礼の言葉を伝える。(中略)いちばん大切なのは他者を「評価」しない、ということです。
p.206 共同体、つまり他者に働きかけ、「わたしは誰かの役に立っている」と思えること。他者から「よい」と評価されるのではなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること。そこではじめて、われわれは自らの価値を実感することができるのです。
p.205 人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。(中略)人は、自分には価値があると思えたときにだけ、勇気を持てる。
他者への貢献から得られる幸福感については、様々な本で指摘されています。例えば、Tal Ben-Shahar博士の「ハーバードの人生を変える授業」では、こう表現されています。
「親切な行動以上に「利己的」な行動はないと、僕は考えています。
日頃から親切な行動を心掛けていれば、その報酬として、幸せという「究極の通貨」をつねに得ることができます。幸福は尽きることのない無限の資源です。決められた配分はありませんし、ひとりの人間がいくら幸福を手に入れようとも、他の人の取り分が減るということはありません。」
そして、過去や未来に縛られずに、「いま、ここ」を真剣に生きることが幸せに繋がるというのがアドラーの基本的な考え方になっています。
p.271 過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。(中略)人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないことです。
p.264 われわれは「いま、ここ」にしか生きることができない。(中略)人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのです。そしてふと周りを見渡したときに「こんなところまで来ていたのか」と気づかされる。
p.280 あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。(中略)刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊り、真剣に生きましょう。過去も見ないし、未来も見ない。完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。誰かと競争する必要もなく、目的地もいりません。踊っていれば、どこかにたどり着くでしょう。
タイトルだけみると「他人から嫌われても良いから自由気ままに生きましょう」という風にも取られがちですが、むしろ逆で「他人から嫌われることを恐れずに様々なコミュニティに関わって誰かの役に立つ実感を得られるような生き方をしよう」という生き方が提示されています。そして、他責にせず、今の自分の境遇を受け入れて、今を精一杯生きることの大切さが説かれます。
先日読んだ、出口さんの「大局観」にあったフレーズ「大きい川の流れにゆったりと流されていく人生がいちばん自然で、素晴らしいと思うのです。(中略)「青い鳥がどこかにいるはず」と信じてずっと探して歩き回るのはしんどいことです。それよりは「どこにでも青い鳥はいる」と思って、日々を過ごしていく方が確実に人生はラクになる、そう思うのです。」という心境にも通じるスタンスだと思います。
p.281 世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない。
本書の最後に出てくるこの力強いフレーズが心に響きました。同時に、20数年前、僕が大学に入学して間もない頃に、サークルの先輩が話してくれた「サークルに入れば楽しいことが待っているのではなく、自分がどう楽しむかが大事だよ」という言葉をなぜか思い出しました。
大学入学までは自分の意志というよりは親や周囲の期待に応える形で何となくやってきた僕が変わり始めたのは大学に入学してから。そして、確実に初めて自分の意志で自分の未来を切り拓こうと決めたきっかけは就職活動でした。
いわゆる一流企業と言われる内定を幾つかもらったのを辞退して、当時まだ上場もしていなくて誰も知らなかったIT企業に就職すると決めた時、散々悩み抜いた末に初めて周囲の評価基準から離れて自分の物差しで決断してその結果を背負う覚悟をしました。
そう腹を括ったら、ふっと肩の荷が下りたというか、気持ちが楽になったのを覚えています。それからは自分で選択した道なんだから自分で考えて行動して正解にしていくんだという気概で日々、目の前のやるべきことに集中して積み上げてきたように思います。
これから先、どんな展開が待っているのか想像もできませんが、「いま、ここ」に集中して生きていればきっと何か面白いことがあるんじゃないかと思っています。そんな前向きな気持ちを後押ししてくれた本書に感謝です。