有能で人間的にも魅力的な若者がHBS(Harvard Business School)を卒業した後にどんな人生を歩んでいるか?
キャリアで華々しく成功していた人が粉飾決算等で逮捕されたり、家庭は崩壊していたりといった事例が散見されているのはなぜか?
ハーバードの名物教授、クレイトン・M・クリステンセン教授がHBSを卒業する学生向けに最終講義で語る内容をベースに執筆された「イノベーション・オブ・ライフ」は、経営学のさまざまな理論を示しながら、これらを人生に当てはめるとどんな示唆が得られるかをわかりやすく解説しています。
本書は『イノベーションのジレンマ』をはじめ、多数の名著を著した技術経営の大家クレイトン・クリステンセンが、これまで自身が教えてきた経営戦略を人生訓に落としこんで語る1冊。
2007年に心臓発作、そして2年後にガン(悪性腫瘍)、さらに2010年には脳卒中で倒れたクリステンセン教授。戦略論や経営学の分野では最高峰にある教授が、抗がん剤と戦って髪が抜け落ちた体に鞭打ち、最後の授業で何を伝えたかったのか。
本書のもととなった「HOW WILL YOU MEASURE YOUR LIFE?」(HBSに掲載された論文)は、HBS史上最多のダウンロード数を獲得した。(Amazonより)
本書では全10講に亘って様々な側面から人生にとって大切なことについて語られていますが、中でも僕の心に残った幾つかのフレーズをメモしておきます。
わたしたちを動かすもの What Makes Us Tick
幸せになるには、真に自分を動機づけていることに気づき理解することが不可欠であるとクリステンセンは説きます。
このテーマは様々な書籍でも取り上げられていますが、彼は年収や職位といった目に見える、計測できる基準はわかりやすいゴール設定である一方で、追求するほどに自分を追い込んでしまう側面がある点を警告しています。
p.44 金銭、ステータス、報酬、職の安全といった衛生要因は、ある一定水準を超えると、仕事での幸せを生み出す要因ではなく、幸せがもたらす副産物にすぎなくなることを忘れてはいけない。
p.55 この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?成長する機会を与えてくれるだろうか?何か新しいことを学べるだろうか?だれかに評価され、何かを成し遂げる機会を与えてくれるだろうか?責任を任されるだろうか?これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。
僕も新しいミッションや機会を与えられたとき、上述したような問いを自問自答するよう心がけています。
比較的、成果が出やすい楽な立場があったときに、それに安住していると長い目で見て実力が見合わなくなるという恐怖感を常に意識すること。一見、面白くもないように見える仕事でも、そこから得られるものに意味を見出すことで自然と前向きに取り組めること。
やらされ感や惰性で仕事をしてしまったら最後、他責の悪循環ループにはまってしまいます。どんな仕事も自分の頭で考え、納得して取り組むことが大切。
計画と幸運のバランス The Balance of Calculation and Serendipity
企業の戦略もキャリアの選択も予めきっちりとした計画を立てればよいものではなく、ある程度のアソビを残しておくことで予期せぬ事態を積極的に取り込む余裕が大切です。
p.63 発見志向計画法:Discovery-driven planning 有望な新しいアイディアが現れたら、もちろん財務予測を立てる必要がある。だがこの予測が正確だと見なす代わりに、いまの時点ではごく大まかな数字でしかないことを認めるのだ。プロジェクトに経営陣のゴーサインを得るには、見栄えのいい数字を並べる必要があることは、だれでも知っている。だから、有望に見せかけるための操作をチームに暗に促すなどという茶番はやめる。
代わりにプロジェクトチームに、当初の予測の基礎となる仮定をすべてリストアップさせる。それからこう尋ねるのだ。「この予測が実現すると現実的に期待するには、どの仮定の正しさが証明される必要があるだろう?」。リストでは、重要度と不確実性の高い順に、仮定を並べる。リストの一番上に、最も重要で最も不確実性の高い仮定を書き、一番下には重要性と不確実性が最も低いものが来るようにする。
経営陣は、すべての基礎的仮定の相対的な重要度を理解したうえで、プロジェクトを承認する。だが一般的な検証方法を用いるのではなく、とくに重要な仮定をすばやく、できるだけ費用をかけずに検証する方法を、新たに考案する必要がある。
このスタンスは新しい製品を企画し投資する判断を行う際に非常に重要かつ有効です。計画の策定時点ではしょせん計画は計画であり、たくさんの仮説の積み上げの結果で作られた1つの希望的ストーリーでしかないという事実を潔く認めることが大切。
そのうえで、立てた仮説を重要かつ不確実なものから順にリスト化することで優先的に仮説検証に取り組むべきテーマを明示し、もし仮説の間違いがわかればすぐに新たな仮説に基づいて計画を修正します。
また、新しい商品を企画する際にありがちで罪深いのは、商品企画をする人と販売責任を負う人が違うケース。販売責任を負わない人が商品企画をすると往々にして斬新なアイディアではあるものの事業の実現性に乏しい企画になりがちです。
鉛筆をなめてバラ色の投資回収計画を立てることは誰にでもできますが、実際にその商品を担いで回収計画を実行する人たちはたまったものではありません。自分で企画した商品は自分で売るという原則は極力守るべきです。
p.217 投資に要する当面の費用はわかるが、投資をしないことの代償を正確に知るのはとても難しい。既存製品からまだ申し分のない収益があがっている間は、新製品に投資するメリットが薄いと判断すれば、他社が新製品を市場に投入する可能性を考慮に入れていないことになる。ほかのすべての条件が-具体的には既存製品からあがる収益が-これからも永遠に変わらないと仮定しているのだ。また決定の影響がしばらく表れないこともある。(中略)
成功している企業がこの思考にとらわれたせいで、将来への投資を見送り続け、最後に失敗する例はあとを絶たない。
短期間で成果をあげようという意識の強い人が組織のトップに立つと上記のような問題先送りケースが起こります。特に収益性の高い既存製品がある場合は現状維持バイアスが働き、あえて何かを変えようというインセンティブが働きにくくなります。
既存事業からの潤沢なキャッシュフローがあるうちに、しっかり次世代への投資を検討し着手することが不可欠です。
口で言っているだけでは戦略にならない Your Strategy Is Not What You Say It Is
目先の利益や成果に目を奪われることなく、長い目で見て本質的に取り組むべきことに投資する判断をすることは、事業やキャリアの判断だけでなく、日々の暮らしでのちょっとした価値判断でも同じように意識していないと実践できません。
こうした小さな積み重ねが、長い時間を経て今の自分の立ち位置にズバリ影響してくるということは厳しい現実だと感じています。
p.82 彼らは仕事に劣らず、プライベートでも満足できる生活を築こうとして、家族によりよい暮らしを与えるような選択をしたが、そうすることで知らず知らずのうちに伴侶と子どももおろそかにしていた。家族との関係に時間や労力を費やしても、出世コースを歩むときのように、すぐに達成感が得られるわけではない。伴侶との関係をなおざりにしても、日々の生活では何かが崩壊していくようには感じられない。夜になって家に帰れば、伴侶はちゃんとそこにいる。(中略)
腰に両手をあてて「立派な子どもに育ったな」と満足感に浸れるのは、20年も先のことだ。
p.88 人生のなかの家族という領域に資源を投資した方が、長い目で見ればはるかに大きな見返りが得られることを、いつも肝に銘じなくてはならない。仕事をすればたしかに充実感は得られる。だが家族や親しい友人と育む親密な関係が与えてくれる、ゆるぎない幸せに比べれば、何とも色あせて見えるのだ。
p.128 お互いに対して最も誠実な夫婦とは、お互いが片付けなくてはならない用事を理解した二人であり、その仕事を確実に、そしてうまく片付けている二人だとわかる。この気づきは、私に計り知れない影響をおよぼした。妻が片付ける必要のある用事を心から理解しようとすることで、妻への愛情がますます深まる。妻もおそらく同じように思ってくれていることだろう。これに対して、離婚は、自分の求めるものを相手が与えてくれるかどうかという観点から、結婚生活をとらえていることに、原因の一端があることが多い。与えてくれない人はお払い箱にし、別の人を探すという考え方だ。
「相手の立場、気持ちになって考える」とよく言いますが、実践するのは本当に難しい。自分に都合のよい解釈をしてわかったつもりになっていることに気づいて反省することは多々あります。
本書では人が製品を購入する動機を「自分には片付けなくてはならない用事があり、この製品があればそれを片付ける助けになる」という視点で解説しています。
ビジネスであればお客様の用事は何か?に思いを馳せて、そこにフォーカスした製品開発をすること。対人関係であれば、その人の用事を正しく理解してどうやったら自分がその用事を片付けられるかという発想で考えて行動すること。
経営学の理論と実生活の知恵を行き来しながら、ビジネスと日々の暮らしに役立つ考え方が様々な観点から紹介されている本書、広くお勧めします。