土偶を読む

土偶は何をかたどっているのか 人類学がひらく縄文の神話世界

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2019/9/7に竹倉史人氏により東京工業大学にて初めて公の場で発表されて以来、縄文界隈で話題沸騰の「土偶の正体」。

第一回の講演では、極めて科学的なアプローチにより客観的な事実、証拠に照らして遂に土偶の正体が実証されました。

2019/11/24は、後編となる第二弾の講演会が同じく東工大にて実施され、土偶の中でも最も有名な遮光器土偶をはじめとして、みみずく土偶、刺突文土偶、結髪土偶といった縄文後期・晩期の代表的な土偶のモチーフが明らかにされました。

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土偶は縄文人が食べていた植物や貝類をかたどった像だった

2019年、日本の考古学史上最大の謎であった土偶の正体がついに解明されました。従来の定説は「土偶は女性をかたどったものである」とされ、奇異な印象を与える外貌は「人体をデフォルメしたもの」と説明されてきました。しかし、人類学者・竹倉史人が明らかにしたのはそれとは全く異なる事実でした。

土偶は人体像などではなく、縄文人が食べていた植物や貝類をかたどった像だったのです。土偶は食用資源へと化身した精霊たちを祭祀するため、その依代として製作されました。土偶に人体同様の頭部や四肢が造形されているのは、モチーフとなった植物や貝類がアニミズム観念によって「人体化(アンソロポモファイズ)」されたからです。

2017年2月、東京大学での講義(自主ゼミ「人類学の冒険」)の準備中に上述の着想を得た人類学者・竹倉史人は、その後2年間にわたって各地の遺跡や博物館をめぐり、発掘調査報告書などの考古資料を活用して自説の検証を行いました。その結果、土偶が食用植物および貝類をモチーフに製作されたフィギュアであることを実証的に示すことに成功しました。

2019年9月、東京工業大学での講演会「土偶は何をかたどっているのかー人類学がひらく縄文の神話世界」にて、初めてその研究内容が一般公開されました。当HPは、この講演会の開催を契機に開設されるものです。

神話人類学研究所ウェブサイトより
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土偶研究における3つのA

竹倉氏が土偶について語る際に重要なポイントとなっている考え方が3つのAです。11/24の講演会では、それぞれについて次のような観点から解説がありました。

  1. Anthropomorphism
  2. Animism
  3. Analogy

Anthropomorphism

アンソロポモルフィズムとは擬人化、人体化のこと。

縄文人は食生活の中心にあった植物や貝類に宿る生命(精霊)に対する感謝や畏れをあらわすために祭祀を執り行っていたと考えられますが、その依り代として用いられたのが土偶でした。

現代の日本でも「ゆるキャラ」に代表されるような、植物などの擬人化は広く一般的に見られますが、こうした「人間でないモノを人間に見立てる」ことは人間の本能として備わっている性質と言えます。

擬人化のポイントは、「似たものは、似ているように、似た場所へ」配置すること。この原則に従って丁寧に土偶を観察していくと、細かい造形は単なる思いつきによるデザインではなく、それぞれ根拠となるモチーフがあり、極めて写実的な表現によって縄文人が日々食べていた植物や貝類が土偶として擬人化され造形されていたことが分かります。

Animism

アニミズムとは、生物や無機質に至るあらゆるものに霊魂、精霊が宿っているとする考え方。

貝塚からは、食べた後の貝殻だけでなく、人骨や土偶も一緒に出土していますが、これは貝塚が単なる貝のゴミ捨て場ではないことを示しています。

縄文人は、人間はもちろん、動植物や土器、狩猟具にも全て精霊が宿っており、壊れたらあの世へ行く、またあの世で死ぬとこの世で生まれるという双方向の世界観を持って生きていたと考えられます。

この世界観では、モノは不要になったときにただ捨てるのではなく壊してから廃棄することであの世に送り出すという考え方が根底にあり、こうした世界観は縄文人の様式が色濃く伝承されているアイヌの世界観にも見られます。

現代の日本でも、筆塚供養祭、針供養、人形供養といった不要になったモノを祀る儀式は数多く見られ、その根底には大事に使ったものはそのまま捨てずに送り出しの儀礼の後に燃やしてから廃棄するという考え方が共通しています。

土偶が食生活の中心にあった植物や貝類を祀る祭祀で使われたこと、また出土する多くの土偶が意図的に壊されていることは、このアミニズム的な世界観から説明できます。

Analogy

考えるということは推論することであり、そこには3つの類型しかありません。

  • 演繹:AだからBという理屈を展開する思考法。 例)論理学、数学、プログラミング言語
  • 帰納:現象を説明する仮説を立て実験により実証する思考法。 例)自然科学(物理、生物、化学)
  • アナロジー:両者の類似性に基づいて未知なるものを類推する思考法。 例)神話、言語、宗教、芸術

まだ科学がない縄文時代に、人間が植物を認識し理解するときには、人体のアナロジーで類推するアプローチが最も自然な思考法であったと思われます。

例えば、様々な土偶のへそ周りに多く見られる上向きの線。一般的には、女性の妊娠線と考えられていますが、アイヌや世界中の神話に見られる植物起源神話的な発想、すなわち「人間とはへその緒を切断することで動けるようになった植物」と縄文人が考えていたとすると、へそは種子、上向きの線は発根のアナロジーとも考えられます。

例えば、縄文人の主食の1つだったトチノミは実際に種子から発根するのはごく僅かであり、貴重な食物の豊穣を願うための発根儀礼において土偶が使われていたのではないかという仮説が生まれます。

アミニズムの世界観では「人間は実り、植物は妊娠する」というアナロジーはごく自然に受け入れられる考え方だったのではないでしょうか。

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遮光器土偶はサトイモをモチーフとした土偶だった

遮光器土偶はその特徴的な目が注目されがちですが、手足に見られる独特なモチーフを中心によく観察すると遮光器土偶の多くの造形的な特徴は人類最古の栽培植物のひとつであるサトイモの特徴とピタリ一致します。

パプアニューギニアではヤムイモを擬人化した精霊像がありますが、遮光器土偶はサトイモの精霊像と考えられます。

この説を裏付ける根拠の1つに、遮光器土偶が作られた時期が挙げられます。遮光器土偶は縄文時代の晩期に数多く製作され、A1期(晩期後葉)で突然、姿を消します。ちょうど時を同じくして、A2期あたりから刺突文土偶、結髪土偶が多数出現しています。

実は、これは縄文時代の食生活の大きな変化、すなわちサトイモの栽培からヒエや稲といった穀類の栽培へ移行する時期と符合します。そして、刺突文土偶、結髪土偶の特徴を丁寧に観察すると、それぞれヒエ、稲の造形をモチーフとして擬人化したものであることが分かります。

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土偶研究がもたらすもの

まだ文字を持たなかった縄文時代の人々が何を考えてどんな暮らしをしていたのか。当時の造形物である土偶のモチーフを研究することで、そこに秘められた世界観や生活様式が見えてきます。

これにより、日本の歴史が3000年ほど伸びる可能性が広がります。また、実はこの植物をモチーフにした造形という世界観は日本の縄文時代だけではなく、世界中で出土している数々の造形物にも当てはまることから、人類の歴史にも大きなインパクトがある研究です。

竹倉氏は、土偶を通じて見えてきた事実は、縄文人も現代人も根っこでは実はそんなに変わらないという他者理解に繋がること、そして土偶を研究することは「人類の精神史」を紐解いていくことである、と主張しています。

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