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リブート 波乱万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語

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斉藤さんとの出会い

先日、ふとしたきっかけで目にした「ソーシャルキャピタル」のイベント告知を見て直感的に面白そう!と思い、出張の合間を縫って無理くり年末の予定をブロックして参加しました。そこでお会いしたのがループス・コミュニケーションズ社長の斉藤さん。

お名前はブログ等で何度かお見かけしていましたが、生でお話を聴く機会はこれが初めてでした。

本題のソーシャルキャピタルという考え方は日頃から肌で感じていたことだったのですっと腹落ちしましたが、斉藤さんのような常にテクノロジーの第一線でベンチャー起業、経営を経てきた方がなぜこうした考えに至ったのか興味を持ちました。

懇親会でご挨拶した際に、NTTデータで社内SNSを立ち上げた話をしたところ、斉藤さんもご存じだったようでとても嬉しく身近に感じました。話しぶりも生き馬の目を抜くベンチャー起業家というよりは、大学教授のような穏やかでおっとりした印象で(確かに2016/4からは学習院大学で特別客員教授をされているそうですが)、ますます過去の経歴と現在の仕事内容のギャップが気になっていました。

そんな中、斉藤さんのfacebookにて「再起動 リブート」という本を出版されるとのエントリを見て、これは!と思ってさっそく読んでみることに。

バブルに踊らされ、金融危機に翻弄され、資金繰り地獄を生き抜き、会社分割、事業譲渡、企業買収、追放、度重なる裁判、差し押さえ、自宅競売の危機を乗り越え、たどりついた境地とは何だったのか(Amazonより

年始に一気に読み終えると、壮絶な起業経験をされてきた斉藤さんがなぜ「ソーシャルシフト」的な経営を世の中に広めていくことに行き着いたのかがよくわかりました。今まで様々な起業家の本を何冊も読みましたが、ここまで生々しくて示唆に富んだ本は初めて。

まさに日本版の”HARD THINGS”といったところですが、バブル絶頂期に始まり、同じ時代を(斉藤さんより一回り下ではありますが)似たような業界で生きてきた者としてはより一層リアルで共感できる箇所が多数ありました。中でも特に印象的だった内容をご紹介します。

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ソーシャルメディアの可能性

斉藤さんは2004年の夏にフレンドスターという草分け的なSNSに着目し、盟友の福田さんを誘ってソーシャルメディア関連の起業を模索し始めます。その頃、僕はUCLA Anderson School of Managementの1年目を終え、LAから東京に一時帰国してMcKinseyで「採用基準」の伊賀さんと出会い、サマーインターンシップをしていました。

p.223 「この問題はどこの誰に聞けばわかる、というのは、社内人脈そのものだな」
福田の何気ないひと言に、僕は思わず身を乗り出した。
「だよな!開かれたインターネットに対して、閉じた社内イントラネットがあるように、社内限定のソーシャルネットワークがあれば、コミュニケーションが深まるにつれて、社内のあちこちにいるエキスパートが可視化される。今までは盗まれないように自分だけに溜め込んでいたノウハウも、オープンに評価されるようになれば積極的に出すようになるはずだ。」(中略)

 2005年7月11日、約一年間の助走期間を経て、僕たちは株式会社ループスコミュニケーションズを創業した。(中略)

 2006年1月、自社開発したSNSエンジン「ループスSNS」が完成し、それをベースにした複数のコミュニティがスタートした。企業独自のSNSコミュニティをすぐに開始できるサービスだ。

斉藤さんがループスコミュニケーションズを起業した頃、僕はUCLAでMBAを取得して東京へ2年ぶりに戻ってきました。そして本業の傍らで社内の仲間と一緒に夢中になったのが、「セクショナリズムを排して仲間の知恵と力を合わせる」ワークスタイルの実現に向けて社内限定のSNSを立ち上げることで社内人脈を可視化する、というアイディアでした。

本書によると斉藤さんがループスSNSを完成させたちょうどその頃、僕らは幾つかのSNSエンジンを比較検討していたところでした。残念ながら当時は斉藤さんと出会うことなく別の会社の製品を選定することになりましたが、まさにタッチの差。

ループスSNSの完成があと1,2ヶ月早ければ、もしかしたら斉藤さんと一緒にNTTデータの社内SNSを立ち上げていたのかもしれません。

2016年の春には社内SNSを立ち上げてから10年が経過しました。斉藤さんはサービス提供者サイド、僕はユーザーサイドで運営という立場こそ違えど、同じ頃にソーシャルメディアの可能性に気づいて業界をリードしたワクワク感は深く共有できますし、不思議なご縁を感じます。

ちなみに、本書にも登場する斉藤さんの駒場東邦時代の友人で元電通のクリエーティブ・ディレクター「さとなお」こと、佐藤尚之さんの「明日の広告」は僕も当時、読んで非常に感銘を受けた1冊です。

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自分がコントロールできることに集中する

斉藤さんはフレックスファームとループスコミュニケーションズの起業・経営を通じて様々な困難に遭遇します。

p.74 外界から遮断された深い夜には、ひたすら本を読むのが習慣になっていた。(中略)

「菜根譚」「老子」「貞観政要」「人を動かす」。心が挫けそうになると「般若心経」で折り込んだページのマーカーを何度もなぞって読み返した。(中略)

夜が明ければ、借金地獄の喧騒が待っている。だがシーンと静まり返った深夜のひと時は、僕に残された最後の砦だった。

p.75 つらい、どうにもならない、もう生きていたくない。そんな負の循環に自分を追い込んでいるのは、現実そのものではなく、実は自分自身なんじゃないか。不安を心の中で繰り返し、恐怖を増幅していたのは、僕自身の心じゃないか。
 僕はハッと気がついた。目の前で起きている厳しい現実を直ちに変える力は僕にはない。だが、その出来事をどう受け止めるか、心のあり方を決めているのは他の誰でもない、僕自身だった。僕の心は、僕にしかコントロールできない。今ここで、僕が何を考えるか、それを決めることができるのは僕だけだ。心のなかは究極の自由なんだ。

このくだりを読んだとき、国内最大規模の食品販売サイト「オイシックス」をゼロから立ち上げた高島宏平さんが「ライフ・イズ・ベジタブル」の中で「問題を選ぶことはできないが、問題を解く態度は100パーセント自分たちで決めることができる」と述べていたのを思い出しました。

このスタンスについて、当時はこんな感想を書きました。

目の前の仕事に対して逃げられないとき、やらされ感満載で文句言いながら仕方なくやるか、あるいは「これも何かの試練、転んでもたたでは起きないぞ」と思って少しでも楽しんでやろうとするのか、その態度は自分で決めることができます。

このちょっとした心の持ちようが仕事の内容に大きく影響します。他責にして、環境や上司や顧客のせいにするのは簡単ですが、現実的には自分の力でコントロールできるものなんてほとんどありません。

一度きりしかない自分の人生、長いようであっという間です。自分の人生のハンドルは自分で握る。少なくとも自分の心の持ちようだけは誰にもコントロールできない、させないという気概を持ってコトに当たるところから、自立のプロセスが始まります。

ブログエントリーより抜粋

斉藤さんのケースは会社の資金繰りや自宅の差し押さえの危機といった切迫した状況下での気づきですが、普通のサラリーマンも実は日々仕事をしていくうちにゆっくりと時間をかけて、しかし確実に自分の意志で物事が決められない状況に追いやられていくリスクがあります。

むしろ無意識のうちにじわじわと進行する分、より恐ろしいとも言えます。何事も受け身で他責にしているうちに、仕事の面白さ、やりがいはなくなり、自分の時間を切り売りしながらただ上司の言われた通りに作業するだけの日々にはもはや「心の自由」はありません。

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困難は神様のパズル

本書で何度か出てくるのが「困難は自分自身が成長するためのチャンス」という考え方。困難に直面した時にどんな心持ちで対処するかによって結果は当然異なってきますし、その後の人生の在り方にも大きな影響を及ぼします。

p.77 今起きているトラブルは、すべて僕の甘さや判断ミスが原因であり、もとをたどると僕自身の見栄や焦り、未熟さ、恐怖心から来たものだった。(中略)

どれだけ絡まった糸の玉でも、一本一本、丹念に選り分けていけば、必ず解きほぐすことができるはずだ。そこから目を背けずに、自分でコントロールできることに焦点を絞って、冷静に次の一手を踏み出そう。この苦難はきっと、僕を成長させるために神様が与えてくれた「神のパズル」なのだ。

p.298 人は何度でも挑戦できる。困難は神が与えてくれた絶妙なパズルだ。苦しみが深かったからこそ、僕は自身の心を内観する機会を得て、真の幸せとは何かを自覚することができた。目の前にある困難は、自分自身を成長させるために、神様が頭を悩まして組み立ててくれたオリジナルのパズルなのだ。
 恐れずに立ち向かえば、解決の糸口は必ず見つかる。お金や名誉ではなく、自らの心の声に素直になり、心の喜びを目指して突き進むことだ。
 誰にでも苦しい時が必ずあるだろう。苦境に陥ると、人は陰口を叩くものだ。徒党を組んで追い落としにかかる人もいる。でも、気にすることはない。その人にもその人の人生があり、家族や友人を大切にして、泣き笑いしながら精一杯生きているだけなのだ。

p.296 「ああ、振り返ってみると、何がプラスで何がマイナスなのかすらよくわからない。でも逆境の時こそ、新しく生まれ変わるチャンスだってことは、身に沁みてわかったよ」
 しみじみと振り返った福田の言葉は重かった。何度となく倒産の危機を乗り越えた。苦しみの先に覚醒があった。僕たち二人の実感は同じだった。
「苦しい時こそ素直になることが何よりも大切だったな。反省し、心を開き、助けを請い、誠実に振る舞うこと。そうすることで、新しい自分が生まれてくるんだと思う」(中略)

 そもそも失敗の原因は複合的だ。しかし、それを自らの過ちではなく、経営環境、幹部や社員、不運といった他責にする経営者は、人間不信の度を深め、孤独の闇に陥ってしまう。自分自身の弱点や失敗を客観的に見て、素直に変わろうと努力する人だけが、新しい自分、未見の我に出会い、新たな自分を創造できるのだろう。

この「神様のパズル」という表現は、ランディ・パウシュが「最後の授業」の中で”Brick walls are there for a reason: they let us prove how badly we want things”と述べたことと本質的に同じだと思います。僕が難しい課題に直面した時、折に触れて思い出して勇気をもらっている言葉です。

そして、人との出会いもまた時には試練であり、自分自身を成長させるためのきっかけを作ってくれているといえるのだと思います。田坂広志さんの「人生で起こること すべて良きこと」ではこう表現されていました。

我々が、「成功」だけを目指して歩むかぎり、人生の出来事は、成功という「良きこと」と、失敗という「悪しきこと」に分かれてしまいます。そして、その失敗という「悪しきこと」に直面したとき、我々の心は挫けてしまいます。
 しかし、「成功」とともに、「成長」を目指して歩むならば、人生の出来事は、それが、どれほどの「失敗」であっても、どれほどの「逆境」であっても、我々が、人生に「正対」する心の姿勢を失わないかぎり、必ず、それを「成長」に結びつけていくことができるのですね。

「人生で起こること すべて良きこと」より抜粋
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働くということ

熾烈なベンチャー経営を通じて斉藤さんが辿り着いたのは、そもそも会社とはどうあるべきか、人はどう働くべきか、といった根源的な問いかけでした。

p.293 労使が対立する時代はもう終わりだ。経営者は社員を幸せにしてこそ、顧客と株主を幸せを届けられるのだ。それは共感の時代における経営の公理であり、社会と調和する持続可能な組織のあり方だ。

p.260 事業を成長させ、競争に打ち勝ち、ナンバーワンに登り詰める。僕にはできなかった堂々たる勝ち組の生き方だ。いつの時代も、リーダーの征服欲が世の中の仕組みを変革し、時として社会をよくしてきた。神の見えざる手という、資本主義におけるエネルギーの源泉もそこにある。起業家になってから、僕がずっと描いていた夢だった。
 しかし、その夢の先に、僕の幸せはあったのだろうか。財産、名声、権力。外部の世界に幸せを求めれば、奪い合いは果てしなく連鎖してそこに僕の心の喜びはあるのだろうか。地を這うような失敗経験から得たお金よりも大切なもの。それは心の平穏、仲間や顧客の笑顔、社会貢献の実感、そして僕自身の成長だった。僕は知らないうちに、自分の感覚が麻痺していたことに気がついた。僕の幸せはもっと身近なところにあったのだ。

この問いは、UCLAで経営学を学びMBAを取得して、M&A戦略立案から実行をしたり、営業の最前線で顧客と折衝したり、世界中を飛び回ってグローバル経営のあるべき姿を模索したりしつつ、ソーシャルメディアを活用した新しいワークスタイルを実践してきた僕にとっても常に頭から離れない大きな問いかけです。

「成長を善しとするグローバル競争」や「内外価格差ありきのビジネスモデル」といった今の経営の大前提そのものが果たしていつまで続くのか、水野和夫さんの「資本主義の終焉と歴史の危機」でも論じられているとおり、ゼロサムゲームをベースとした資本主義の限界はあちこちで見え始めています。


また、当然のように多くの企業で適用されている個人の成果主義は人間が本来持っているモチベーションに反する仕組みであること(モチベーション3.0)、利他的な行動は生物学的なレベルで人間の本能に根差していること(経済は「競争」では繁栄しない)等の研究成果を見るにつけて、今の企業経営のスタイルは過渡的なものであり、より良い姿に変革していくべきものであると痛感しています。


「経営の未来 The Future of Management」(ゲイリー・ハメル)の中で、「あなたのこれまでの人生で、仕事が最も楽しく感じられ、最も生き生きと仕事に取り組めたのはいつだろうか。・・・その経験の具体的な中身が何であれ、そこには共通の目的に身を捧げていることで結ばれた人びと、資源が足りないからといって諦めたり、専門知識がないからといってやる気をなくしたりはしない人びと、手柄がどのように配分されるかではなく一緒に何を達成できるかを気にかけている人びとがいたにちがいない。要するにあなたはコミュニティの一員だったのである。(p.76)」と表現されているような、ワクワクするような職場、働き方をどうやったら実現できるか。


大企業の中で億単位の予算と権限を与えられて日々走り続けながら、どうにかして少しでも皆が働きやすくて働き甲斐を感じられるような職場を作りたいと願いながら模索する毎日です。そんな僕にとって、斉藤さんが辿り着いた境地、「ソーシャルシフト」という考え方に深く共感します。

世の中では華々しい成功ストーリーばかりにスポットライトが当てられがちな中で、文字通り地を這うような経験と突き抜けるような成功経験を繰り返してきた斉藤さんにしか書けないノンフィクション、起業を目指す人はもちろんですが、これから社会に出る学生さんから何か物足りないと感じているサラリーマンまで広くお勧めしたい1冊です。

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