「土偶を読む」の反響【雑誌編】

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2021/4に晶文社から発売されて話題となった「土偶を読む」の反響のうち、主要な雑誌に関するものを紹介します。

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週刊朝日 2021/7/30号 書評(斎藤美奈子氏)

週刊朝日の2021/7/30号に文芸評論家の斎藤美奈子さんによる書評が掲載されました。

 やれ妊娠した女性だ、地母神だと土偶はなべて豊穣を願う女性をかたどったものだと説明されてきた。だが著者はいうのである。女性どころか人間にすら見えない。たしかにそうだ!(中略)

 土偶を女性の身体だとみなす発想は、私も違和感があった。いま思うと、土偶に性的な意味をみいだすのは男の考古学者のスケベ根性だったのではないか。

週刊朝日

とりわけ考古学界というと男性のイメージが強いですが、土偶のモチーフに関する通説の妥当性については特に女性の考古学者の方々のご意見もぜひ伺ってみたいです。

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週刊文春 2021/7/29号 書評(鹿島茂氏)

週刊文春の2021/7/29号にフランス文学者・評論家の鹿島茂さんによる書評が掲載されました。

考古学者からの反論が予想されるが、私には「ほぼ正解」のように思える。ひとことでいえば偉大なる発見なのである。しかし本書では設定した三つのテーマ「①土偶は何をかたどっているのか(what)②なぜ造られたのか(why)③どのように使われたのか(how)」のうち①しか答えていない。吉本説の検証には②とりわけ土偶の多くが女性的特徴をもっている理由の解明が必要である。次作が待ち遠しい。

週刊文春

鹿島茂さんは本稿で吉本隆明さんの「共同幻想論」について検証する過程で本書に出会い、その主張が「対幻想論」を裏付ける根拠の1つになるのではないかと着想したそうです。

吉本説とは、すなわち「狩猟採集と初期農耕の時代には人間と植物の再生産・生成過程は同一視され、対幻想は子を産む女性に集中されていたがゆえに共同幻想と対幻想も同一視されていた」という仮説です。

本格的な農耕文化が始まる以前の縄文人たちのコミュニティでは国家はまだ存在せず、集団で暮らす小規模なコミュニティと最小の構成単位である家族との距離感は我々では想像できないほど近いものだったことでしょう。

著者は本書では紙幅の都合から土偶のモチーフに限定して仮説を述べていますが、講演やインタビュー等では土偶がなぜ造られたのか、どう使われていたか、といった問いに対しても独自の仮説を提示しています。

八ケ岳エリアや青森の三内丸山遺跡から出土する縄文中期の土偶を見ると、トチノミをかたどっていると読めるものが多いんです。また新潟県域からはおなかの部分にトチノミの発根や発芽のシーンを表現したと思われる土偶がいくつも見つかっています。

GLOBE+

土偶のデザインに見える文様について人間と植物のアナロジーで読み解く仮説については、既に2019/11に開催された東京工業大学での講義でも紹介されていました。

まだ科学がない縄文時代に、人間が植物を認識し理解するときには、人体のアナロジーで類推するアプローチが最も自然な思考法であったと思われます。

例えば、様々な土偶のへそ周りに多く見られる上向きの線。一般的には、女性の妊娠線と考えられていますが、アイヌや世界中の神話に見られる植物起源神話的な発想、すなわち「人間とはへその緒を切断することで動けるようになった植物」と縄文人が考えていたとすると、へそは種子、上向きの線は発根のアナロジーとも考えられます。

例えば、縄文人の主食の1つだったトチノミは実際に種子から発根するのはごく僅かであり、貴重な食物の豊穣を願うための発根儀礼において土偶が使われていたのではないかという仮説が生まれます。

2019/11/24 東京工業大学での講義より

本書の続編が出るのであれば、土偶が②なぜ造られたのか(why)、③どのように使われたのか(how)といった更に深い謎に対する考察もぜひ期待したいところです。

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WiLL 2021/8号 目からウロコ『土偶を読む』の破壊力

同誌の7月号で書評を書かれた直木賞作家の中村彰彦さんと竹倉氏の対談。なんとカラー12ページに亘る読み応えのあるインタビュー長編です。

前半の10ページは、本書で検証されている幾つかの土偶について取り上げて、中村さんが掘り下げて質問していきます。

イラクのシャニダール洞窟で発見されたネアンデルタール人の遺骨に添えられた花の話から、中村さんが学生時代に長野県でオニグルミを拾って食べた時の体験談、三内丸山遺跡の発掘から見えてきた新たな縄文人像など、二人の対談は様々なテーマに亘り展開。

中村 日本は幕末、西洋列強の威力にまざまざと出会い、維新を成し遂げ明治という時代を迎えました。とにかく近代国家になろうと、過去を否定し、富国強兵・殖産興業をスローガンに、最新技術や文化を積極的に取り入れた。一方、その反動で、縄文時代は未開の時代でしかなかったという一種の偏見と別紙が生まれてしまった。以来、百三十年間、そういった考え方が続いてきたのですね。

竹倉 しかもかつて、縄文人(当時は「石器時代人」)と日本人とはまったくの異民族だと考えられていた。建国以前の日本にいた野蛮人を神武天皇が征服し、日本という国をつくり上げたという歴史観です。ところが、近年の分子生物学の研究成果によって、多くの日本人に縄文人の血が流れていることが判明した。それもあってか、手のひらを返すように縄文人は立派だったと言われることに。そのほうが我々にとっても都合がいいですからね(笑)。

中村 正常に戻ったと言えます。むしろ弥生時代のほうが、日本史にとって異質の時代でしたよね。

WiLL 2021/8号

そして、インタビューの結びでは、中村さんから考古学界が経験した過去のトラウマについて紹介され、それを受けて本書への批判に対する著者の考え方が少しだけ示されています。

中村 考古学界からの反発がすさまじいでしょう。専門家でもない人間が土偶のことがわかるわけがないとか、くだらないことばかり言っている。これだけの反発を招いているということは、竹倉さんの本がそれだけ画期的だった証拠ですが、要するに嫉妬しているだけ。そもそも考古学会は閉じられた世界で、捏造騒ぎもいろいろ過去にありました。(中略)

竹倉説を先入観で否定するのではなく、考古学会は真摯に受け止め、日本史の教科書に記載するよう働きかけるべきです。

竹倉 もちろん私の仮説ですべての土偶を解読できるわけではありません。十分に説明できていない小さな矛盾点もいくつもあります。しかしそれでもなお、全体として見た時に、私の仮説が現時点における最も客観的かつ説得力のある土偶論であることには自信があります。モチーフに似ている土偶もあれば、似ていないものもある。JISのように統一規格があって土偶をつくっていたわけではないですからね。そのあたりのクレームは私ではなく土偶をつくった縄文人に言ってほしいですね(笑)。

中村 つくり手の巧拙もあったでしょう。

竹倉 ええ。ともかく定義づけや規格性を設定すると、本質が見えなくなります。批判する人たちは「都合のいい土偶を選んでいるだけだろう」と批判しますが、「土偶とは〈植物〉像である」という仮説によってどれだけ多くの土偶の造形を有意味化できるか、その能力を検証しているわけで、説明できるものを選ぶのは当然です。一方で「もっと精査が必要だ」という声があることも承知しています。そこはお互いに協力し、さまざまな角度から私の説を検証してほしい。

中村 揚げ足とりをする輩が、どの世界にも必ず存在しますからね。

竹倉 土偶を調べていくにつれ、これは日本だけの文化遺産ではなく、人類史的に価値のあるものだということが深く実感できました。ところが、日本の狭い学界はタコツボ化しており、新説や異説を排除する傾向が強い。そのため、土偶を世界的に紹介する機を逸しているような気がしてなりません。学界内での意地の張り合いをしても意味がない。みなで盛り上げて、土偶の世界的価値を広く伝えられればと思います。

中村 それと土偶を展示する際は、竹倉説を解説板で紹介してほしい。全国の土偶を展示している博物館の学芸員は、竹倉さんの本を読んだ人たちから声をかけられ、困っているとか(笑)。そういう声がどんどん出てくれば、風穴を開けられますよ。

WiLL 2021/8号

土偶は単なる日本の文化財を超えて世界の遺産として日本が誇るべきものであり、その正体が「諸説あるがよくわからない」という説明では非常にもったいないと感じます。

少なくとも、諸説の1つとして本書で示された「土偶とは〈植物〉像である」という説も含めて世界に発信していくことで、土偶の持つ魅力がより多くの人々に知られて、縄文人が持っていた精神性の一端が現代の我々にも脈々と引き継がれていることに思いを馳せるきっかけになればいいと思います。

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WiLL 2021/7号「歴史の足音」

直木賞作家の中村彰彦さんが連載「歴史の足音」で「縄文の謎を解く卓見『土偶を読む』の衝撃」と題して本書を取り上げています。

中村さんの読後のワクワクドキドキ感が伝わってくる読み応えのある書評です。

これは読まなければ、と思ってページをひらいたら卓見とよく出来たミステリ以上の推理との論証の連続で、私は目から鱗が落ちる思いを幾度となく味わわされた。

WiLL 2021/7号

まことに快刀乱麻を断つが如き分析と総合の連続で、特に「遮光器土偶」の消滅と「刺突文土偶」「結髪土偶」の登場をサトイモの絶滅とヒエ・イネの栽培開始によって裏付ける手法には胸を打つほどの説得力がある。

WiLL 2021/7号

特に印象的だったのがこのくだり。子供達への教育の視点は非常に重要だと思います。

考古学会にも一つ注文したい。それは、早く竹倉説を定説として認め、日本史の教科書に紹介してほしい、ということだ。竹倉説に則った土偶の読み解き方を教えられれば、少年少女たちが目を輝かせることは請け合いである。

WiLL 2021/7号
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