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人生後半の戦略書

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幸せなことに今まで加齢による老いをほとんど意識することなく過ごしてきましたが、52歳になった先日、立て続けに老いを直視せざるを得ない出来事に直面しました。

そんな中で手にした1冊が「人生後半の戦略書 ハーバード大教授が教える人生とキャリアを再構築する方法」。特に興味を持ったのがこの著者の略歴です。

プロのホルン奏者を目指して大学を中退し楽団員として生活するものの、才能の限界を感じて31歳の時に音楽家としての道を断念。通信課程で大学を卒業した後、修士号、博士号を取得して、ワシントンDCのシンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所の会長を10年勤めた後、自ら職を辞してハーバード大の教授になったそう。

彼自身が身を持って体験した2回の大きなキャリアチェンジ、そして多岐にわたる様々な研究事例や史実を引き合いに出しながら、人生の後半に誰もが必ず経験する知能の衰えと、それに対する心構え、そしてキャリアチェンジにおいて大切なこと等について示唆に富んだ1冊です。

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2つの知能

本書では、人間の知能は2種類あると説かれています。人生の前半では流動性知能が高い一方で、人生の後半では流動性知能が衰えていき、新たに結晶性知能が伸びていく。

そこで、人生の後半は結晶性知能を活かせるような仕事へシフトしていこうというのが基本的な主題です。

1971年、キャッテルは『Abilities: Their Structure, Growth, and Action(能力:その構造と成長と作用)』を出版し、「人には2種類の知能が備わっているものの、各知能がピークを迎える時期は異なる」と提唱しました。

 うち1つ目の知能が、「流動性知能」です。キャッテルの定義では、推論力、柔軟な思考力、目新しい問題の解決力を指します。一般的に生得的な頭の良さと考えられている知能で、読解力や数学的能力と関連があることが研究で明らかになっています。(中略)

 結晶性知能とは、過去に学んだ知識の蓄えを活用する能力です。(中略)

 言い換えれば、こういうことです。ーー若いときは地頭に恵まれ、歳を取ったら知恵に恵まれる。若いときは事実をたくさん生み出せるし、歳を取ったらその意味と使い方が分かるようになる。(中略)

 流動性知能だけを頼りにキャリアを積んでいれば、かなり早期にピークと落ち込みを迎えますが、結晶性知能の必要なキャリアを積んでいるか、もっと結晶性知能を活かせるようにキャリアを再設計できれば、ピークが遅れる代わりに、落ち込みの時期もーー来ないとは言わないまでもーーかなり先に延ばせるのです。

p.51

キャッテルによれば、一般的に流動性知能は30代半ば頃まで上昇し、40代、50代にかけて低下する一方で、結晶性知能は知能の蓄えに依存するため40代、50代、60代と年齢を減るほど向上し、減少するとしても人生の終盤になってから、と言います。

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第2の曲線の喜び

人生の後半は、知恵で他者に奉仕しましょう。あなたが最も重要だと思うことを分かち合いながら歳を重ねるのです。何かに秀でているということは、それだけで素晴らしいことなのだから、それ以上の見返りは不要です。

p.69

これを踏まえると、人生の後半、セカンドキャリアでは今までのような働き方では無理があるため、蓄えた知恵を他者に共有することを活かせるような仕事に移行していくことが大切とのこと。

確かに自分を振り返ると、年齢を重ねるほどに部下の指導だけではなく、社内でグローバル人材を目指す若手のメンターや新卒採用チームの責任者、社費MBA候補者の面接や指導といった後進の育成的な役割が増えてきました。

また、社内の専門性資格では、シニアレベルのソリューション営業、エグゼクティブレベルの経営戦略スタッフを保有しているため、こうした分野を目指す若手のメンターや社内認定面接等にも時間を割いています。

こうした活動は本業の傍らで時間を捻出して行うため人によってはなるべく関わりたくないと思っている節もありますが、僕はむしろ進んで引き受けるようにしています。というのも、こうした関わりを通じて今まで自分が経験してきたことを活かして相手にポジティブな影響を与えることができるのはシンプルに嬉しいから。

かつては大企業ならではの数十億、数百億のビジネスに携わることに喜びを感じていた頃もありましたが、最近は大きな事業や組織を動かすよりも身近な同僚や後輩との人間的な関わりを通じて相手に感謝してもらえることに大きな喜びを感じることを実感しています。

思い返せば、40歳の頃に社内外から100名を超える人を集めてソーシャルメディアのイベントを開催したり、43歳では今や日本屈指の進学校となった聖光学院で開催されたビジネスプランコンテストにボランティアで審査員・スポンサーとして参加したりと、本業ではないところで多くの仲間と一緒に面白いことをやろう!というのが僕のモチベーションの1つでした。

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欲や執着を削る

「死ぬまで足し算を続けることが、幸福な人生を手に入れるための正しい方程式なのか?」

 どう考えても、答えはノーです。その手法は、そもそも無益なうえ、第1の成功曲線が下降し、努力で得られる見返りが減るにつれ、ますます効果的でなくなります。

 第1の曲線から第2の曲線へ飛び移りたければ、人生にものを足すのではなく、足し続けてもうまくいかない理由を理解したうえで、ものを取り除かなくてはいけません。

p.107

こうした問いは30代前半の海外MBA留学中から僕の中で生まれて、その後も少しずつ大きくなってきたように思います。ひたすら前年比右肩上がりの数字を求められることに違和感を覚えて、意識的にそうしたど真ん中のキャリアパスから距離を取り、傍流であっても自分が少しでも興味を感じられる仕事を選んでやってきました。

今から10年前、43歳の時にこんなことを話していました。いま思うと、既に無意識に流動的知能のみに頼るような働き方の限界を感じていたように思います。

やはり家庭生活が充実しなければ仕事がうまくいくはずがないと思うようになりました。以前から頭ではわかっていたことですが、2年間の留学生活で腹落ちしました。実際、留学中はどんなに忙しくても夕方6時には家に帰り、家族で夕食をとり、息子を風呂に入れて、その後に勉強という生活を続けました。
 今も、率先して計画的に休暇を取得したり、無駄な残業を極力しないように心がけたりしています。帰国後に長女が生まれた時は2週間だけですが、育児休暇を取りました。こんなチャンスは二度とないと思い、妻の代わりに長男の弁当を作り、保育園まで送り迎えしました。昔の猛烈サラリーマンの自分には考えられなかったことです。
 ワークライフバランスという言葉を最近よく聞きますが、私の場合はバランスをとるというよりも仕事とプライベートを行き来しながら互いに前向きな刺激を与えることで1+1を2以上にする、いわばワークライフ・シナジーを追求しています。

日経産業新聞「MBAはこう使う!」
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方程式を修正する

まとめると、私たちの衝動も、永続する満足感が達成できそうもない理由も、次の3つの方程式で説明できます。

満足=欲しいものを手に入れ続けること

成功=他人よりもたくさんのものを持ち続けること

失敗=持っているものが減ること

 不満という病から抜け出せなければ、これまで以上の高みを求めて世俗的な見返りを追い続けることになります。しかしいくら追っても満足には至らないため、キャリアの落ち込みが余計につらくなります。なにしろ、満足できるだけのことを達成しようと必死に走っているのに、むしろ後退していくのです。(中略)

しかし、絶望するのはまだ早いです。満足は実現できます。古い方程式ではうまくいかないだけです。間違った方程式をすべて捨てて、仏陀やトマスや現代の社会科学者の知恵を取り入れた次の方程式を使うのです。

満足=持っているもの÷欲しいもの(中略)

前述の進化論や生物学に基づく方程式はいずれも、分子「持っているもの」しか見ていません。(中略)

「欲しいもの」を管理せずに「持っているもの」を増やし続ければ、「欲しいもの」は増殖し際限なく広がっていくでしょう。一歩間違えれば、成功の階段を上るほど満足感が減ることになりかねません。「欲しいもの」が常に「持っているもの」を上回ってしまうからです。

p.128

会社の成長とともに自分が興味を持てる分野でそれなりの役割を与えてもらい、試行錯誤しながらも成長を実感しながら50歳過ぎまで仕事をしてこられた僕は相当に恵まれていたと実感しています。

僕はモノよりも思い出、体験への投資を大切にしてきたので、本書で警鐘を鳴らされているような「快楽のランニングマシン」の上で走り続けるような働き方に駆り立てられなかったのも幸せでした。

本書を読み進めていくうちに、実は僕はこの本のターゲット層から外れているということに気が付きました。物質的な意味での「欲しいもの」は年々減っていく一方です。

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リバースバスケットリスト

自己啓発のカリスマたちが言いがちな助言として、「誕生日にバケットリストの棚卸しをしましょう」というものがあります。これは、世俗的な野望を強化しましょう、と言っているのも同然です。欲しいものを一覧にすれば、一時的には満足できます。願望を司る神経伝達物質であるドーパミンが刺激され、快感が生じるからです。

 しかし一覧を作れば執着が湧き、一覧が増えるほど不満も増えます。(中略)

 次に5年後の自分を想像しますーー幸福で、心は穏やかです。自分の人生をおおかた楽しんでいます。満足して、目的と意義に根差した生活を送っています。妻に言います。「今は、本当に幸福だとしか言いようがないよ」。想像が一段落したら、そんな未来の人生に含まれるどんな要素が、幸福に大きく貢献しているのかを書き出します。それはきっと、信念、家族、友情、そして働くこと自体が満足をもたらすような、有意義な、他者に奉仕できる仕事でしょう。

 続いて、バケットリストに戻ります。バケットリストの項目と、先程考えた幸福の要素とを比べて、時間、注意、リソースを割くに値するか考えます。幸福の要素に比べたら、バケットリストの項目がいかに無意味か。人間関係を犠牲にして赤の他人の賞賛を選んだらどんな未来が待っているか。その思いを念頭に置いて、バケットリストを見直します。各項目に対し、次のように言います。「悪いものではないけれど、これを手に入れても私の求めている幸福と平穏は訪れないし、そもそもこれを目指す時間もない。この願望は手放そう」

 最後に、本当の幸福をもたらす要素を見返し、それを追求することに時間と愛情とエネルギーをかけようと誓います。

 このワークをやるようになってから、私の人生は大きく変わりました。

p.136

このくだりを読んで、こうした棚卸しは年に1回と言わず、折に触れて実践していることを実感しました。

ひとり暮らしを始めた息子が「たまたま近くに来る用事があったから」と昨日ふらっと我が家に立ち寄ってくれて、久しぶりに一緒に4人で夕食をともにした幸せなひととき。

今朝は8時から近所のカフェで高3娘と一緒に期末テストの勉強。ときどき英語を教えながら、僕はスマホでこのブログを書いています。途中で中抜けしてストレッチ&筋トレしようとカフェからすぐそこにあるピラティススタジオに行ったら、たまたま妻も来ていて隣で一緒に30分ピラティス。こんな日常のささいな出来事に何よりも幸せを感じます。

娘が中2の頃、「コロナが収束したら、週末はお友達と遊びに出かけたり、部活の練習が忙しくなったりして、こんなお散歩も今だけなんだろうな、と思ういつつ、プライスレスな3時間弱のお散歩デートを満喫しました」なんて書いていましたが、高3になっても腕を組んで一緒にお散歩してくれるのはパパ冥利に尽きます。

今の唯一のモヤモヤ感は、これからの仕事との向き合い方。本業では相変わらず流動的知能を中心に据えた働き方が期待されています。一方で、僕が勤務する会社では役職定年がまだ残っているため、近いうちにセカンドキャリアについて考える必要がある時期にさしかかってきました。

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ポプラの森を育てる

 木は成功者の比喩にぴったりに思えました。強く、へこたれず、頼もしく、揺るがない。ソロモンの詩編では、公正さを達成した人のことを、「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と描写しています。

 強く、生産的。たくましいほどに、孤立している。巨大な森を構成する1本だろうと、木は一人で黙々と育ち、己の頂点に達したら、最後は一人で死んでいく。そうは思いませんか?

 しかし、実は違います。ポプラの木は孤高の人ではありません。たまたま同日中に、私よりずっと木に詳しい友達から聞いたのですが、ポプラの個々の木は、巨大な1つの音を共有しているのだとか。それどころか、ポプラは世界次第の生命体だといいます。ユタ州にある「バンド」と呼ばれるポプラの単一群生は、広さ約40平方メートル、重さ約6千トンもの規模を誇ります。

p.164

この感覚は、人類学者の竹倉さんが「人間が生命を持っているのではなくて、我々は生命に所有されている」という話をしているのをよく耳にしているので違和感なくすっと腹落ちしました。

仏教の世界では、私たちはみな絡み合っていて、「個々の」生命はより大きな生命の表れにすぎない、と考えられています。そのことを軽視すると、幻想のなかで生きることになり、より多くの苦しみを味わうことになるそうです。仏教僧であり作家でもあるマチウ・リカールは次のように表現しています。

「『自己』は独立した存在であるという理解に固執すると、脆弱感や不安感が増すことになります。さらに、自己中心的になる、あれこれ思い悩む、希望と恐怖が入り乱れるといった特徴が目立つようになり、他者を遠ざけてしまいます。人生で何かが起きるたびに、このような幻想の自己は打撃を受けます」(中略)

 私たちは単独の存在のようでいて、実際には、家族、友達、地域社会、国、そして世界全体と、1つの大きな根系を形成しています。私の、そしてあなたの人生で起きる避けられない変化は、公開すべき悲劇ではありません。相互につながっている人類の一員、つまり根系から伸びた1本の枝木に起きた変化にすぎません。私の落ち込みを乗り切る、いえ、楽しむ秘訣は、私と他者をつなぐ根をもっと意識することです。私が他者と愛情でつながっていれば、私にとってのマイナスは他者にとってのプラスによって、十二分に相殺されるでしょう。そして、その他者とは、本当の自分を別の角度からとらえたものなのです。

 さらに、他者とつながっていれば、私はいっそう自然に、普通のこととして、第2の曲線へ飛び乗れます。実は、結晶性知能曲線に移行できるかどうかはつながりの有無が大きく影響します。つながりがなければ、私の知恵は伝えようがないからです。

p.164

ユングは、「個性化過程による人格の拡張」として、人間が無意識の領域に目を向けていくと、次第に共感能力が高まり「私はあなたであなたは私」という「集合的無意識」の領域にまで到達すると考えました。

文明以前に生きていた人類は、こうした他者との繋がりをもっと自然に身近に実感できていたのだと思います。近代社会が発明した「自己」や「個人」という概念に囚われすぎることが現代人の病の根幹にあるように感じています。

まだ具体的なイメージは持てていませんが、セカンドキャリアを考える際には、人との繋がりを1つのキーワードに据えて、自分が自然と興味を感じられるような領域で無理なく続けられるような働き方を模索したいと思っています。

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Omnia vincit amor(愛はすべてに勝る)

1938年、ハーバード大学医学大学院の研究者たちが、奇想天外ながらも先見性のあるアイデアを思いつきましたーーハーバード大学の男子学生たちの一団を被験者とし、成人期を通して、つまり死ぬまで、学生たちの経過を追跡しよう。学生たちには毎年、ライフスタイル、習慣、人間関係、仕事、幸福度について質問する。数十年後には研究開始当初の研究者は全員亡くなっているだろうが、後任の研究者たちが、人生初期の過ごし方と、老後の質との関係性を確認できるはずだ。

 こうして、「ハーバード成人発達研究」が誕生しました。(中略)それでも、年月が経つにつれ、「コホートが人口統計学的に著しく偏っているため(なにしろ、全員がハーバードの学生なのです)、一般化できる結果は導けない」との結論に達し、おおよそ同時期に開始された、ボストンの貧困家庭の若者456人を追跡調査したデータセット(通称「グリュック・スタディ」)と組み合わされました。この2つのデータはともに80年以上更新され続けています。(中略)

 ジョージ・ヴァイラントによると、「幸福で健康」な高齢者に欠かせない最重要の特性は、良好な人間関係です。(中略)ヴァイラントの後継者ロバート・ウォールディンガーはこう語っています。

「重要なことは、富や名声を築くことでも、必死に働くことでもありません。この研究から伝わってくる最も明確なメッセージは、人間関係が良好なら、ますます幸福で健康になっていけるということです。他に言うべきことはありません」

「50歳のときに最も人間関係に満足していた人々が、80歳のときに最も健康でした」

p.167

このロバート・ウォールディンガーがTEDに出演した際のスピーチ(2024/6時点で約2500万回再生)ではこの研究で判明した事実について詳しく語られています。

幸せを実感できる生き方のヒントがここに示されているように思います。セカンドキャリアでは、人との繋がりをより大切にできるような仕事、働き方へ少しずつシフトしていけたらいいな。

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ロサンゼルスMBA生活とその後