いま日本では国の後押しもあってキャッシュレスが浸透し始めています。キャッシュレスが一般化した中国都市部などでは、既にオンラインとオフラインの主客逆転が起こっています。
この段階になると、「モバイルペイメントが広がるとすべての購買行動はオンラインデータとしてIDにひも付き」「IoTやカメラをはじめとする様々なセンサーが実世界の接点に置かれると人の購買行動だけでなく、あらゆる行動がオンラインデータ化し」「オフラインはもう存在しなくなる」という世界に移行します。
こうした状況を筆者は「アフターデジタル」と呼んでいます。日本ではまだリアル店舗が主で、それをデジタルでどう補うか、という軸で語られることが大半ですが、既にアフターデジタルのフェーズでビジネスが実践されている海外事例を通じて今後の日本の目指すべき方向性について示唆する一冊です。
なお、本書では、中国・深センで誕生した平安保険の事例が紹介されていますが、 2018年末に訪問した深センは確かにアフターデジタルな世界観を感じさせる社会実験都市でした。
デジタルでは人が集まる場所を作った人の勝ち
決済プラットフォーマーがますます強くなる構図
p.156 ある程度市場が成熟してくると、(中略)「顧客との接点を持ち、そこから得られる行動データで顧客を最もよく理解し、いつでも顧客とつながることが可能になった存在」に価値が移行していきます。当然顧客は、利便性の高いサービスを好み、信頼できて好きな企業のサービスのみ時間を使います。
結果、「データのやり取り」が新たなインフラとなり、最もお金を生み出しやすい「購買データ」をより多く持ち、それを顧客IDとつなげられているプラットフォーマーがトップに君臨する図式が生まれます。
当初はECサイトだったアリババや楽天、またコミュニケーションツールを提供するLINEやテンセント(WeChat)といった企業は、まず本業で一定数の顧客を獲得した後、今は決済分野に進出してプラットフォーマーの立ち位置を競っています。
一方で、リテール、モビリティ、飲食、旅行などの各業界別の企業(サービサー)から見ると、上述のような決済プラットフォーマーが握っている大量の顧客基盤は大きな魅力に映ります。
また、どんなサービスも消費される際に必ず決済が発生しますので、便利な決済手段を提供する決済プラットフォーマーは優位な立場にあります。
こうした構図の中で、サービサーは決済プラットフォーマーに送客手数料を支払ってでも自社サービスに顧客を誘導して欲しいというインセンティブが発生するため、ますます決済プラットフォーマーが潤うエコシステムが強化されていくように見えます。
多彩な決済手段に対応したワンストップ決済プラットフォーマーの登場
中国ではアリペイ、WeChatの2強でほぼ全てのリテール向け決済、個人間決済が完了できるところまでプレイヤーが収斂しています。
一方、日本はクレジットカードが広く普及しているほか、最近ではQRコード決済が乱立して陣取り合戦を繰り広げていますし、利便性の上では本命視されるかざすだけの電子マネー決済(SUICA等)もじわじわと普及してきています。
消費者から見ると、便利でお得な決済手段なら何でも良いので、複数の決済手段に対応して残高を相互に行き来できるようなウォレットサービスがあるといいなあと感じます。決済の際にはどの決済手段を使うかを消費者に意識させずに、最も有利な条件となる方法で自動的に決済してくれるアプリ。
僕のケースで言うと、JALカード決済主体だったのが、最近ではJALカードを裏に紐づけたKyashになり、PayPayを使うときには裏にKyashを紐づけている、といった具合に使い分けていますが、決済データを握れるのは顧客フロントの一番前に立つプレイヤーのみです(このケースだとPayPay)。
今は各種決済プレイヤーが顧客のよりフロント側に立とうとして競争していますが、上述したような多彩な決済手段に対応したワンストップ決済プラットフォーマーが出てくると、これが決済の究極的な姿なのかも知れません。
これらの競争原理はUX改善の高速サイクル
p.63 我々が一番重要だと思っているのは、いかに高頻度低価格でユーザーのタッチポイントを多く生み出して、データを取得できるかだと思っています。
なぜ企業側がそこまでデータを収集しなくてはいけないかというと、これからのビジネスはデータをできる限り集め、そのデータをフル活用し、プロダクトとUX(顧客体験、ユーザーエクスペリエンス)をいかに高速で改善できるかどうかが競争原理になるからです。
アフターデジタルでは、店舗等における行動データ(オフラインデータ)とアプリ等でのオンラインデータが同時にデジタルデータとして刻々と更新されていきます。
顧客はオンライン、オフラインを意識することなく(OMO: Online Merges with Offline)、その時々で自分の都合の良い手段で企業と接し、サービスを受け、決済します。
こうなってくると、企業はリアル店舗やネット上のアプリ等を「顧客に対するタッチポイント」として一体で捉えた上で、膨大な顧客データをリアルタイムで解析しながら、いかにして顧客に対して一貫して心地よいサービスを提供できるかが差別化要素になってきます。
したがって、店舗でのオペレーションだけでなく、ネット上のアプリ等のデジタル資産も作って終わりではなく、常にアップデートし続ける前提で設計・開発される必要があります。
SIerでは未だにシステム開発プロジェクトの大半はウォーターフォール型で要件定義から始めて開発・テストまで一直線で時間をかけて実施されていますが、今後はビジネス部門と一体のチームでアジャイル型で短期間に改善サイクルを回す開発スタイルがより重要になってきます。
アフターデジタルを見据えた、新しい事業モデル、アプリの価値を顧客と同じ目線で考え、提案していくことを付加価値の本質として取り組まない限り、企業側もSIerも明日はないでしょう。
アフターデジタル時代に求められる2つの重要スキル
p.188 ここで強調したいのは、「特定の状況に置かれた人たちが夢中になったり、便利だと思ったり、得をしたりするようなコア体験を提供し、利用障壁を乗り越える」という彼ら(テンセント)の考え方です。
「デジタルを活用した接点を作る」ことは結果であって、UXイノベーションの本質は、人々がずっとその新たな接点を使ってくれるのかどうかにあります。つまりは「顧客の置かれた状況の発見と、それをより幸せにするようなコア体験をいかに作るか」にあります。
こうしたトレンドは一見するとB to Cの話に思われがちですが、B to Bも実は同じで、Bといっても実際に使うのはその中の従業員、つまり人間です。
新しい事業を生み出すには新しい価値を提供する必要があります。新しい価値は、既存の商品やサービスでは満たされない顧客層やニーズ、あるいはユーザーの不満(pain point)に気づくことができるかどうかが鍵。
デザイン思考的なアプローチでこうしたニーズや不満を発見して、そこに対する打ち手(Unique Value Proposition)を提供することが今後ますます重要になってきます。
もはや顧客が要件定義してくれる課題は少なくなってきており、SIerはより上流工程で顧客と一緒に課題を発見すること、あるいは顧客も気づいていない課題を発見することが大きな価値になってきています。
顧客との対話を通じて取り組む価値のある新たな課題を発見する力(文系的なスキル)と、課題をテクノロジーで解決する力(理系的なスキル)。
従来の文系・理系という枠組みからすると両者が求めるスキルセットは大きく異なりますが、その両方に目配せしながらプロジェクトをリードできる人材が今後ますます求められてくると感じています。