ノーベル賞を受賞した山中さんと益川さんの対談をまとめた『「大発見」の思考法 iPS細胞 vs. 素粒子』(山中信弥、益川敏英)を読みました。ノーベル賞をもらうほどの独創的な科学者はいったいどんな生い立ちでどんなことを考えながらどんな人生を送ってきたのか。
お互いに「ノーベル賞モノ」の実績をあげた科学者としてお互いに対するリスペクトの念を根底に持ちながら、まったく分野の異なる世界で活躍する二人が相手に対する素朴な疑問を投げかけながらざっくばらんに語り合います(てっきり二人がノーベル賞を受賞した後の対談だと思って読みましたが、実は本書は受賞前の山中さんと受賞者としての益川さんとの対談だったということに読了後に気づきました)。
iPS細胞や素粒子について前提知識が全くない素人でも理解できるように第一人者が語る内容はとてもわかりやすく、刺激的。二人が解き明かした科学の謎の深さや今後の可能性について易しく楽しく知ることができます。
ノーベル賞受賞者というと何だか雲の上の存在でとっつきにくい印象がありますが、本書からは二人の人柄が様々なエピソードからにじみ出ていて親近感がわいてきます。
そんな中、僕がこの本を通じて感じた、これからの時代を生き抜くのに大切な「3つの力」をご紹介しましょう。
1.錯覚する力
p.61 益川 いま思えば、親父は僕に科学への興味を持たせようとしたわけではなく、単純に自分の知識を自慢したかったんだと思います。そんなヘンテコな話ばかりしょっちゅう聞かされていたものだから、いつの間にか僕の中にも知識として蓄積されていったんでしょう。学校では、教科書にあるような問題はからきしダメなのね。僕が手を挙げる前にまわりでハイハイって手が挙がっちゃう。でも、たまに先生が脱線して「これ、わかるか」と生徒に訊くことがある。親父に聞いたことがあるから僕はわかるのね。そのうち先生も、脱線すると「益川、わかるか」と指名するようになる。そんなことが重なって「俺は理科や数学が得意なんだ」と錯覚していきました。この「錯覚する」というのが大事ですね。
この「錯覚する」ことの重要性はとっても共感できます。僕が海外MBA留学を志したのも実は完全なる「錯覚」から始まったもの。英語が特に得意でもなかった僕は、海外MBA留学なんて自分とは関係のない世界で、帰国子女や超優秀な人が行くものなんだろうと勝手に思い込んでいました。
そんなとき、帰国子女でもない同じ大学出身の先輩が「俺が行けたんだからお前が行けないはずない」と声をかけてくれたのがきっかけで、「そうか、僕だって行けるかもしれない」と思いを新たにできたのがスタート。最初は何の根拠もない妄想レベルの錯覚でしたが、理由はともかく本人が「その気になること」がまず大事なのです。
子どもに対する声がけも同じ。振り返ると僕の父は物心ついた頃から「お前ならできる」と常に僕に発破をかけて新しいことに挑戦させるよう仕向けてくれていたように思います。僕も子供たちには折に触れて意識的に同じような声がけをしています。
はじめは単なる錯覚だったとしても、そうやって背中を押してもらって新しいことに一歩を踏み出すこと、その結果としてちょっとしたことでも良いので1つずつ成功体験を積み上げていくことで自信をつけていくことが子供にとっては非常に重要なことだと感じています。
2.フラフラする力
p.77 山中 振り返ってみると、そもそも整形外科医だったのが、ノックアウトマウスを使って動脈硬化の研究をするためにアメリカに留学し、気が付いたらむこうでは癌の研究をしていましたし、癌の研究をしていたはずが日本に帰ってきたら今度は万能細胞を研究していました。自分の中では、その時々の研究結果から興味の対象がどんどん変わっていき、それに従って行動しているのですが、フラフラしているようにしか見えなかったかもしれませんね。研究結果は予測できませんし、偶然に左右されたところも大きいです。
益川 でも、そのフラフラの結果、山中先生は、iPS細胞と運命的な出会いをしたわけだ。偶然から始めたことが、「ああ、俺はこのテーマに出会う運命だったのかもしれない」と、必然のように思える時が、人間にはあるんですよ。偶然の出会いを運命に変えられるかどうか、それは本人次第。
益川さんの「偶然の出会いを運命に変えられるかどうか、それは本人次第」という言葉は深い。誰も将来のことはわからないし、選択した結果が本当に正解だったかもわからない。僕は、人生に「たられば」はなく、自分が決断した選択の結果をどう評価するかは結局は自分次第なんだと思っています。
実は、出会いのチャンスは僕らのまわりに常にいくらでも存在していて、それをどう掴みに行くか、そしてその出会いをどう捉え、どう発展させるかもすべて自分次第。偶然の出会いを運命に変えられるか、そこには自分の意志が必要になります。そして、この文脈は、「研究テーマ」を「人生の伴侶」と置き換えても全く同じなんだと思います。
p.78 山中 はたから見たら、僕の人生は、遠回りで非効率に見えるかもしれませんし、無駄なことばかりやっているように思えるかもしれません。もっと合理的な生き方が出来たんじゃないの?と思われるかもしれませんが、そうやって回り道したからこそ今の自分があるんじゃないかと思います。
益川 そう、一見無駄なことが大事なんですね。(中略)無駄を省いてすべてを合理性で突き詰めた生き方をしていると、いつか壁にぶつかるんじゃないかな。僕の研究室を見てもらえばわかるけど、物理の本なんてほんの少ししかないの。いちばん多いのは数学の本(笑)。精神医学、天文学、いろいろな本が壁一杯ところ狭しと並んでます。学生時代は六法全書を持ち歩いていたときもあったし(笑)。でも、「これを物理の研究に役立ててやろう」なんて思ったことは一度もない。
山中さんも益川さんも自分のキャリアを意図的にロジカルに積み上げてきたわけではない、という事実。むしろ、自分の「内なる声」に正直に向き合って、周りの人の雑音に惑わされず、自分が面白いと思う気持ちに従って目の前のことに集中してきた結果、気づいたらとんでもないところまで上り詰めていた、という感じです。
そして、後になって振り返ると、無駄だと思っていたような過去にもちゃんと意味が見出せる。これは僕が好きなスティーブ・ジョブズの言葉とも符合します。
Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
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Again, you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.
3.問いを立てる力
そして、二人は予想通り行かないところが面白いと言います。仕事も人生も同様に、思い通りにはいかないもの。しかし、予想しない出来事をどう捉えて、どう反応するかは自分で決められます。
p.99 山中 予想通りではないところに、とても面白いことが潜んでいるのが科学です。それを素直に「あ、すごい!」と感じ取れることが大切だと思います。
益川 実験の結果が予想通りだったら、それは基本的に「並」の結果なんです。自分が予想していないことが起こったほうが、科学者としては当然、面白い。そこで大事なのは、「この予想外の結果は、いったい何なのだろう」と考えることです。そこから全てが始まる。ガッカリ落ち込んでいたらそこでおしまい。何も生まれない。
p.89 山中 今、どういうクエスチョンが大切なのか。そのクエスチョンに答えを出すには、どういう実験をすべきか。そして、その結果をどう解釈するか。(中略)受け身で動くのではなく、自分自身で「問い」を立てる力がこれからますます必要になってくるのではないでしょうか。
日本の教育を受けた秀才タイプは、与えられた問いに対して正しいと思われる回答に最短距離で辿り着くための訓練は相当に積んでいます。
でも、これからの時代はいわゆる知識はネットで検索すれば誰でも簡単に回答にたどり着ける時代であり、「知っていること」自体にはさほどの価値はなくなってきます。むしろ、山中さんが指摘しているような、そもそもどんな問いを立てるべきかがますます問われてくると思います。
そのためには、幅広い分野に亘る知識や教養は当たり前のベースとして身につけたうえで、それと今、自分の目の前にある現実とを結び付けて、まず問題意識を持つ力、そしてそもそもの「あるべき姿」を考える力で大きな差がついていくことでしょう。
iPS細胞と素粒子という、科学の最先端のテーマについて知的好奇心を刺激しつつ、ユーモアたっぷりに山中さんと益川さんの頭の中を垣間見ることができる、楽しくてためになる一冊です。