読書メモ グローバル 仕事

なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか

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「世界競争力ランキング(World Competitiveness Ranking)」で有名なスイスのビジネススクールIMD学長のDominique TurpinさんとIMD日本代表の高津尚志さんによる共著「なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか」を読みました。

Dominique Turpinさんは上智大学で経済学博士号を取得というユニークな経歴を持つフランス人、高津さんはフランスのビジネススクールINSEAD等で学び、日本興業銀行、ボストンコンサルティング、リクルートを経て現職というバックグランドをお持ちです。

本書はこのお二人が地球的な視野で、かつ歴史的な流れの中で、いまの日本企業が置かれている状況を客観的に指摘し、またこれからの日本企業で求められる人材要件について論じたもの。

日頃、実務を通じて漠然と感じていることや、意識的に取り組んでいることが明快なファクトとロジックで示されていて、読み進めながら思わずメモしたくなるフレーズに溢れる本でした。

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先進国よりも新興国で成長する中国

冒頭に紹介されている、IMD教授のJean-Pierre Lehmannによる「新南南経済圏(New South-South Block)」というコンセプトを読んで、まず最初の膝ポン。

p.40 中国と言えば、輸出のほとんどは北半球の先進国向けだろうというイメージを持つと思います。しかし現実には、中国の輸出の約六割がいわゆる新興国向けで、実際に中国はアフリカ諸国やブラジルにも積極的に投資しているのです。(中略)

ところが、「新南南経済圏」といった大きな動き-地殻変動と言ってもよいかもしれませんが-は、漠然と日本から外を見ているだけではなかなか感じ取ることができない。(中略)

事件は国の外の現場で日々起こっているのですが、日本というフィルターが非常に強すぎて、そのフィルターを通じた選択的知覚、選択的認識をしてしまうので、地殻変動に気付きにくいのです。

百均のみならず一流メーカーの製品でも最近はMade in Chinaが当たり前になってきた感覚がある一方で、確かに新興国でも中国が積極的にマーケットに入り込んでいる事実は感じます。ただし、イメージは「安かろう、悪かろう」。たとえば、ミャンマーでよく見かける中国製の小型タクシー。

日本の20年落ちの中古車が当たり前のように走っている中で珍しくピカピカの車体で走るこのタクシーはよく目につきますが、タクシー運転手に言わせると「すぐに壊れるので、古い日本車の方がずっと信頼できる」とのこと。また、インド人曰く、「最近は安価な中国製の商品が市場に溢れているが品質は悪い。日本製品に対する信頼感、憧れは根強い」という声はよく聞きます。

しかし、それでは日本の製品は世界で、特に成長著しい新興国で現地の人たちから受け入れられ、買ってもらえているのかというと話は別です。p.43で紹介されているJ. Stewart BlackとAllen J. Morrisonの共著”Sunset in The Land of the Rising Sun”で示された「グローバリゼーションの道筋における各段階」によると、「国内に焦点」を置いていた企業がグローバル化を進める典型的なステップは、まず「輸出」。

続いて、輸出したものが現地のニーズを満たせなくなってきた時点で、各地域に投資をし、そこで開発・生産を実施する「地域に焦点」のフェーズへ移行。そして、最後に各地域で「ローカルな適応(Local Responsiveness)」をしつつ、「グローバルな統合(Global Integration)」を目指す最終段階「国境なきグローバル事業」のフェーズに入るとされています。

特に、高品質、高機能にこだわる消費者を中心とした日本市場でしのぎを削ってきた日本メーカーは、かつて均質で高品質なモノを大量生産して輸出すれば売れていた「輸出」モデルの時代から、各地のニーズに合わせて商品・サービスを企画・提供する「地域に焦点」の時代に上手に移行できないまま、過去の成功モデルに縛られて身動きが取れなくなっている企業が目立ちます。

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海外市場向けの商品・サービス企画で欠かせないスタンス

p.62 一定品質のコモディティ化。この波に巻き込まれていくのは、テレビだけではありません。他の家電製品やパソコンしかり。電気自動車も技術的にはこの範疇に入る、と見る向きもあります。
「これで十分」の品質を誰もが提供できるようになった市場で、どう戦っていくのか。(中略)

自分たちは品質という「土俵」で戦っているつもりだったのかもしれませんが、実はもうそれは勝負の決め手ではなく、別の次元の勝負になっているわけです。もう一度、競争の実態を虚心坦懐に見る、肌で感じる必要があります。そして、「こだわる」だけでなく、「割り切る」余裕と勇気を持つ必要があります。

当たり前のことのようで、なかなかできないのが過去の成功体験を捨てること。時代も国も文化も言語も違う人たちに何をどう訴求して売っていくか。特に品質に対するこだわりは要注意。もちろん品質は高いほど良いわけですが、「これで十分」というレベルは国やターゲット層によってまちまちです。

日本人が当たり前に思っている品質水準は世界だと「行き過ぎ」ているのが一般的。高品質を担保しようとするほど、例えば99.9%から99.99%の品質水準を目指そうとすると、それにかかるコストは指数関数的に増加します。それだけのコストに見合った対価を払ってくれる顧客がいるか?について冷静に見極め、時には「割り切る」勇気が問われます。

p.69 デザインや機能、広告イメージなどに現地の生活ニーズを吸い上げて、現地で訴求する。作り方、売り方の生態系をきちんと構築する。品質以外の、こうしたマーケティング力やブランドマネジメント力を高めなければ、日本企業が海外でつまずくのも当然です。(中略)

時には自社の本来属する業界の垣根を超えて、横断的に顧客を求め、外に目を向けていかなければなりません。ところが日本企業の幹部の多くが、自社のこと、自分たちの業界のことしか知りません。

p.77 新興国においても高額を支払える富裕層を狙うという戦略がありますが、そこでもレベルの高いマーケティング能力が問われます。
日本の優れた、かつ、具体的な仕組みを移転すればよかった生産現場と違って、現地のホワイトカラー人材を高度に活用し、彼らの持つ現場市場に関する知恵や情報を引き出し、形にしていくマネジメントが必要です。日本から派遣される社員やマネジャーが日本での経験をベースにした「答え」を持っていない場合が多いため、単純な指示命令ではなく、より創造的な対話をしていかないと、市場で求められる価値を生み出すことができなくなります。

品質のように数値化できる分野は過去に積み上げた方程式を現地にも輸出すれば成功できたとしても、いま現地で求められているようなデザインやマーケティング、ブランディングといった分野は定性的であり様々な文脈に依存するため、単に日本モデルを広めるようなコミュニケーションでは不十分。対話を通じて一緒に答えを見つけ出していくプロセスを異言語、異文化で実践していく力が重要になってきます。

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これから求められる組織の在り方

上述のような、今まで日本市場で成功してきたやり方がそのまま適用できないのが海外市場開拓だとすると、これから日本企業がグローバル化を進めていくうえで求められる組織のあり方はどんな姿なのでしょうか?

p.85 日本企業がこれまで大切にしてきた国内で活躍できる人材と、これから必要となるグローバルに活躍できる人材には違いがあります。そうした求められる人材といま抱えている人材とのギャップを埋め、日本企業がグローバルに戦うためには経営陣の意識改革、組織改革、人づくりの改革といった変革のマネジメントが急務です。

p.146 JTの場合、国内事業は虎ノ門にある日本本社、海外事業はジュネーブにあるJTI本社という二極体制になっています。そこには、長年、国内事業で育ってきた日本人の経営幹部に地球規模のマネジメントを期待する代わりに、思い切って海外は海外の人材には任せてしまうという合理的な判断があります。
驚くべきは、日本本社のトップよりJTI本社のトップのほうが高給を取っているということです。人事担当の松本智執行役員は、「給与は市場によって決まる。ジュネーブでグローバルなマネジメントをしている人のほうが日本で国内市場向けに仕事をしている人より給与が高くなるのは当然のこと」と言い切ります。
同様に南アフリカや米国企業を積極的なM&Aで取り込んでいるNTTデータもJTのようなグローバル化をめざしています。

読んでいて、いきなり自分の勤務先が言及されたのでびっくりしましたが(南アフリカに本社を置くDimension Data社はNTT持株会社がM&Aした企業なので上記は誤りですが)、確かにNTTデータが目指すグローバル企業としての組織のあり方はJTのような形に近いものだと感じています。

ただし、明らかにNTTデータのグローバル化がユニークであるのは、数年前までは海外売上がほぼゼロ、従業員もほとんどが日本人のみという「国内に焦点」フェーズだった超ドメスティック企業が上述の「グローバリゼーションの道筋における各段階」で示された一般的なグローバライゼーションのプロセス(「国内に焦点」→「輸出」→「地域に焦点」)を経ることなしに、世界各地の海外企業を次々とM&Aすることで一気に「国境なきグローバル事業」へ踏み出したという点であるといえます。

全社的にみればまだ局所的で大きな影響はないようにも見えますが、例えば北米を中心としたエリアを統括する地域子会社のアメリカ人社長が今年の春よりNTTデータ本社の役員に名を連ねるようになったことに象徴されるように、ゆっくりと確実にマネジメントスタイルは変化しつつあります。

p.172 好奇心を持って問いを立てることからは、創造的な対話も始まります。そこから異国、異文化の人たちとあらたな価値を創造するコミュニケーションの扉が開かれるわけです。(中略)

そこで生きてくるのは、正しいことを言う力ではなくて、わからないことをわからないと言う力、人とは違う角度、時間や空間からものを見る力です。
日本人はどうしても、きっちり構成して正しいことを言おうとするところがあります。あたかもそれは質の高いモノづくりを追求してきた日本の製造業のようです。ところが例えば、コンピュータのソフトウェアなどでは、制作者がプログラムのソースコードを公開し、利用者が不具合や改善策を制作者にフィードバックすることで完成度を高めていくというオープンソース型開発が主流になっています。
こうした開放的なモノづくりのアプローチは、あらゆる産業に広がりつつあります。自社の枠組みを超えてあらたな知を創造する取り組みは、オープン・イノベーションとも呼ばれます。

p.174 どの組織も、発想が柔軟な人材にとって好奇心をそれだけ発揮させてくれるかどうかを試されています。なにを言っても変わらない上司、自分より上に階層が四つも五つもあって責任ある仕事ができるまでには時間がかかりすぎる。そんな組織からは健全な好奇心が失われていきます。
その組織が変化に富み、新しい活躍の舞台を提供してくれそうであれば、外から見ても多様性があって魅力的であれば、嗅覚の鋭い人、好奇心が強い人は集まってきます。(中略)

外からの魅力を高めることとすでにいる人々の好奇心を育むこともまた表裏一体です。各方面から人材を集め、世界中の人たちに敵対心を持たず、文化的にも他者の感情についても高い感受性を持つ努力を促すべきでしょう。自信を持って実験をいいとわず、様々な試行錯誤をあらゆる環境で行っていくことです。

p.176 ダイバーシティとグローバル化と、イノベーションというカタカナ言葉は、いまの日本企業につきつけられた三位一体の問題です。グローバル化もイノベーションも、ダイバーシティを力に変えるという意味では同じこと。世界中の市場を制覇できるようなイノベーションには、多様性ある組織が不可欠です。

海外市場開拓をミッションとする僕としては、企業内において、こうした新しい働き方、文化、マネジメントスタイルを自ら意図的にデザインし、実践し、変革をリードしていく必要があると痛感しています。ソーシャルメディアを活用した社内コミュニケーションの活性化は、こうした取り組みの1つです。

また、本業においてもとにかく想いのある尖った人材、新しいことをゼロから立ち上げることを厭わずむしろ楽しめる人材を社内外から惹きつけて巻き込んで、従来の職場ではありえなかったようなエキサイティングな経験が積めるような職場、各自が一気にラーニングカーブを立ち上げて成長できるような職場づくりを目指して、日々試行錯誤を続けています。

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これから求められる人材要件

こうした新しい発想でグローバルなビジネスを牽引していく人材には、どんな要件が求められるのでしょうか?

p.88 より複雑なサービスの現場や、マーケティング、人事などの機能を果たす場面では、そもそも「正しいやり方」自体が相対的-「場合による」ないしは「状況による」-なものになります。日本で通用していたやり方が、異なった文化や環境の中で成り立つとは限りません。(中略)

開発なり、マーケティングなり、人事なり、そういった機能や分野に求められる基礎的な知識をきちんと身につけておく。具体的な指示だけでなく、抽象的・概念的かつ論理的な対話ができるコミュニケーションの訓練をしておく。さらに、それを異文化・異言語の相手と運用できる能力を鍛えておく。(中略)

それはもはや「日本式経営の輸出」ではなく、世界において、そして現地において、最も優れたやり方を良識と対話の中から生み出していく、真のグローバル経営への脱皮に違いありません。

まずは、自分の専門分野を早期に確立し、この分野なら少なくとも社内の誰にも負けないと思えるようなスキルを身につけること。そのうえで、専門以外の分野についても、広くビジネスを推進するうえで最低限必要となるような法務、財務、マーケティングといった分野の知識・スキルを習得することは最低要件と言えます。そして、本書では、グローバル・リーダーになるために重要な要素として「グローバル・マインドセット」を挙げています。

p.147 経営のグローバル化、グローバルな事業展開をめざす上で前提となるものは、言うまでもなくそれを牽引する人材、すなわちグローバル・リーダーです。
では、それはどのような人材なのか。私たちは、グローバルなリーダーにとって、グローバル・マインドセット(Global Mindset)が必要条件であると考えています。(中略)

グローバルなマインドセットというのは、「異なる社会、文化システムから来る人たちやグループに対して影響を与えることを可能にするような思考」と定義できます。グローバルなマインドセットがなければ、異国・異地域に行ってその国の人々の声に耳を傾けることができず、ニーズを吸い上げることもできません。
そのためにはまず自分以外の世界に心を開く、オープンになることが基本です。また、共感性(エンパシー)を高めて、他への思いやり(シンパシー)を持つということが大切です。常にオープンで何事にも好奇心の扉を開き、新しいものに共感できる人は、他者を尊重することができ、グローバルな環境でも成果を挙げられる可能性が高まります。

p.167 海外赴任の最大の障壁ととらえられがちな語学力は、訓練次第で身につけられます。むしろ、グローバル・マインドセットを持った適切な人材を異動させ、異文化環境でプロジェクトマネジメントを学ばせることです。

先日、社内の人材育成を担当しているチームメンバーとグローバル研修について意見交換をした際に僕が話したのが、まさにこのポイントでした。例え外国語が堪能でも異文化に対するオープンなスタンス、対話のスタンスがない人はグローバルビジネスでは成果は出しづらい。

むしろ、外国語が不自由でも、伝えるべきコンテンツを持っていて、かつそれを上から目線でもなく必要以上にへりくだることもなく対等な目線で相手に伝えようという気概、ガッツがあることがずっと重要。語学力はしょせんスキルなので訓練で上達できますが、こうした心構え、マインドセットはその人の仕事や生きる上での基本的なスタイル、価値観に依存するので根が深い。

まず人材育成チームがやるべきは、小手先の英語スキルアップ的な研修を小出しにやることではなく、グローバルマインドセットに切り替えるトレーニング。実は何もグローバルビジネスに限らず、これからの時代に新しいビジネスを企画し推進していくためには、ダイバーシティな環境を前提とした仕事に対する心構えや対話をベースにした発想力、巻き込み力といったスタイルがより重要になってきます。

こうした、ある意味「働くスタイルのOS」のバージョンアップもしくは別OSへの乗り換えを推進すること。そのうえでグローバルな競争状態の現実やオポチュニティを色々と示して、社員のハートに火を点けること。いったんハートに火が点いてしまえば、その社員は放っておいても自分のキャリアの可能性を切り拓くために勝手に外国語を勉強し始めます。

p.195 ビジネススクールの授業では、教授の知識を参加者にダウンロードする、という価値観を持っていません。もちろん、教授はコンテンツを提供しますが、それと同様に大事なのが、ファシリテータとしての力です。参加者に問いをなげかけ意見を求めたり、その意見に対する賛同や反論を求めたり。そうやって参加者の発言を紡いでいきながら、論点を明らかにし、学ぶべき教訓を引き出していきます。参加者は自らの考えを教授やほかの参加者にぶつけながら、自らの理解を深めたり、疑問への答えを見つけたり、考え方をあらためたりしていくのです。

その意味では、海外のビジネススクールに留学するということは、単に経営スキルを習得することはむしろおまけであり、上述したようなグローバル・マインドセットを意図的に醸成するために設計された環境に身を置くこと、とも言えます。

様々な国籍、バックグランド、専門スキル、文化等を背負った志高い若者たちと出会い、幅広いビジネスのケーススタディを肴に徹底的に議論を深めることを通じて、ダイバーシティな環境を当たり前な感覚でとらえ、英語をベースとしたファクトとロジックを積み上げる議論のスタイルを身につける場。

p.159 世界と対峙する時の日本人の自信のなさは長年の課題です。では、本当の自信とはなんでしょうか。外の世界を知ったり理解したりすることなしに、自らの正しさを主張しようというのは、自信ではなく、虚勢です。
本当の自信とは、世界の様々な事象に触れ、様々な人々とかかわる中で、それでも自分を信じることができる力と言えるでしょう。

p.170 実際に右手に危機感を、左手に好奇心を持って未知の世界に触れてみれば、必ず新しい考えや人々との出会いがあり、刺激があり、感動があります。幕末、明治の日本人や戦後の日本人は、そうした体験を重ねたことでしょう。いまの日本人にそれができないと考える理由はありません。

p.204 この国には、「日本にいる限り、ほぼ日本人に囲まれて、日本語で生活ができるために、日本語を話す人たちのことしか見えなくなってしまう」、そんな慣性が働いているようです。白洲次郎の言うように、「意識的に、日本というものは、世界の国の一国であるということを考える」ように努力したいものです。

坂本竜馬らの活躍で実現した大政奉還が1867年、1871年には廃藩置県が行われ、福沢諭吉が「学問ノススメ」を著したのが1872年。日本という国のあり方を大きく変えた幕末・明治の始まりから70年ほど後、1941年に始まったのが太平洋戦争であり、1945年に敗戦。日本の国の枠組みは再び大きく変わることになります。

そこから奇跡的な経済復興を遂げてさらに70年ほど後、2011年に発生した東日本大震災。70年周期で日本という国のあり方が大きく変わるのだとすると、幕末→終戦に続いて今まさに日本が大きく変わるチャンスの時なのかもしれません。

「君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?」で揺さぶられたハートに、ファクトとロジックで「グローバル化」の時代に対する僕らが進むべき方向性を指し示してくれるのが本書。健全な危機感と大いなる好奇心を持って、過去の成功体験に必死にしがみつくことなく、しなやかに新しい時代を切り拓いていきましょう。

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